休日。

たこわさつくりましたw

たこわさつくりましたw
左のは市販、右のが自作。色がっ!!

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雨宮処凛:ともだち刑
アマゾンで値段が下がっているので、興味があるんだけど迷ってる人向けに感想をかいてみるよ。

 重松清きみの友だち と対になるような小説。どちらも本当の「ともだち」への根本的な懐疑が裡に秘められていそう。でもおもったのは、今までにこういうダークな世界が存在するってことはきっと、誰もが首を縦に振ると思うし否定はしないだろうけれど、こういう「もうひとつの世界」のことを描いたものを理解できるのは、いつだって疎外の危機にあった人たちなんじゃないかなぁ、と。そういう意味で、とても物足りないというか、あと一声!というか、もどかしさをいつも感じます。ハッピーエンドで終わっても胡散臭く、バッドエンドで終わっても絶望しか残せないような題材は、思春期にかけての交友関係、人間関係特有のものだと感じます。だから終盤にかけての、

 その日私は決めたのだ。
 これから先、取りかえしのつかないほど誰かを傷つけてしまったら、絶対に謝ったりはしないと。許されようなどと虫のいいことは死んでも思ったりしないと。
 だから、土下座して許しを乞われても私は絶対に許さないと。

 というような決然とした態度へ、主人公のなかで価値観も思考の仕方も全てが色あせるようにして変容してしまうことは、とても現実味があるように思えてしまいます。「一歩、踏み出す」までに至らしめる生きにくい世界の、その中にいる私たちにとってそれは他人事ではないけれど、大地震が起きても、戦争がおこっても、自分の世界に直接かかわらないかぎり、他人事のように思ってしまう私たちは、「一歩、踏み出す」以外の道を真剣に考えさせられます。


 また、この本が最後に描写するたった一歩の「踏み出し」は、今の世界では社会からの抹殺と近似の「はみ出し」のようにも思えます。しかし、かつて疎外されたことのある人間にとっては、「主人公の踏み出す世界」を読むことで対象化して、どんなに苦しかろうといま我々はその中にいるのだという、もう生きられないという限界の自覚によってのみ、踏み出すことへのためらいを現実のものとして掴み続け、苦しくても生きていくことを期待します。というか、悲しくもそれしかできないんですが。


 「可能性」は小さなものの中に……。

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追記:思っていることを代弁してくれている良質エントリ。笑
サルでも分かる人文科学/社会科学/自然科学の見分け方(分割図つき) 読書猿Classic: between / beyond readers